米寿記念 田村大三指笛音楽感謝コンサート

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感動を呼んだ 米寿記念 田村大三指笛音楽感謝コンサート    楽友会通信より抜粋

 4月21日(土)日本青年館大ホールにおいて、田村大三先生の指笛音楽集大成としての記念コンサートが、ファミリー、楽友会、美鈴会、そして先生が長年顧問をなさってきた東京リサーチ合奏団と共に盛大に開催されました。
 当日は雨模様の天候でしたが、1000人を越える田村ファン、指笛ファンが続々と会場を埋めました。先生を慕うオールドファンは同じように年齢が高く、出席できないことを残念がる電話や手紙が沢山あっただけに、大盛況の喜びは一段と高まりました。
 聴衆は先生の演奏に息を飲み、一曲終わる毎に「御苦労様、お疲れ様、素敵な世界を築いてくれて有難う」と言わんばかりの称賛と労いと感謝の拍手を送っていました。
 先生の指笛は40代の頃が最高だったとご自身がおっしゃたことがありますが、米寿の歳になられてもやはり先生の音色は誰よりも素敵だ、年齢を重ねてほどよく枯れた渋みのある音色とポーズ(所作)が何とも言えない魅力だとの感想も頂きました。
 私自身、先生の「フニクリフニクラ」を拝聴していて、ああ、88歳の先生がめげずに、ゆっくりゆっくり、ご自分の歩調でアルプスを登っていらっしゃる。この光景は、人跡未踏の道を拓き歩んで来た男のロマンを映している絵のようだ、と胸のつまるのを感じたものでした。
 今回のコンサートを開催するにあったて、静海先生(田村夫人)のお働きとご苦労は大変なものでした。企画から事後処理まで私たち門下生では頭が回らずお手伝いできない部分が沢山ありました。静海先生はご自身の練習時間を十分に確保できなかったのではないかと門下生が心配したほどでした。
 しかし当日の「松島音頭」や「ある晴れた日に」を拝聴していると、古希を迎えられても張りのある歌声は変わらず、米寿と古希とご結婚10周年の巡り合わせを歓喜していらっしゃるようでした。
 3人のお嬢様方(洋美先生、泉先生、恵先生)も熱演でした。それぞれの立場で米寿コンサートを成功させたいとの思いから、企画の段階より遠方からいろいろとアイデアや注文を寄せられたとのこと。それらを一つにまとめての演出でしたが、田村先生ご夫妻、三姉妹とお孫さん達ファミリーが舞台上で織りなすシーンは会場の方々の深い感動を呼び起こし思い出に残るコンサートとなりました。

(斎藤記)

米寿記念 田村大三指笛音楽感謝コンサート に行ってきました!

 

おそらく様々な思いで、色々な事が現在も進んでいて、僕の立場から何も申し上げることはないのですが、詳しい報告や舞台についての機微は楽友会の会報を待つこととしまして、福岡から日本青年館にコンサートを見に行った立場から、Web管理人の特権で稚拙な文章を綴ることにします。

2001年4月21日朝から肌寒く、時折小雨もそぼ降る春の日、信濃町から青年館に向かう道すがら目にも鮮やかなツツジの花がとても印象的でした。早めに訪れた人々の列を見ながら、その日は関係者にとってとてつもなく大きく長い記念の日になるであろう事を想像していました。

プログラムを繰るとなんとも豪華な演目が並んでいて、少し驚きました。先生の出身地であり指笛音楽の碑もある秋田県仙北町の町長の祝福の言葉が司会の方から読み上げられプログラムが始まりました。

黒羽師への思いを込めた美しい調べの美鈴会合唱団を心地よく聴き、いよいよ田村氏の登場、大きな拍手がまきおこる。始める寸前、ピアノの端にちょっと手をかけるところに貫禄を感じます。神はひとりごを、フニクリフニクラ、演奏が終わると拍手に送られ、舞台袖近くで更に念のこもった礼をされ、(これが何度か繰り返されることになるのだが、いかに大きな感謝を氏が表そうとしているかが分かる)。続いて三女である松島恵さんの独唱を三曲。声楽家としての本領を発揮する。秀逸な演目でした。長女である中村洋美さんの指笛独奏。そして洋美さんと恵さんの指笛二重奏。泉さんのピアノ演奏でした。指笛演奏家多々あれど一人芸になることも多く、素晴らしい二重奏を聴くことはそれほど多くないなかで、素晴らしい演奏でした。終わったときに客席が少しざわめいたのがその証拠でしょう。

さらに松島恵さんの指笛独奏。全くご存知ない方には分かりづらいところではありますが、恵さんは田村氏の指笛の正式後継者ということになっていて、そのことは8年前に発表されたらしいのですが、アメリカ在住という事や家族の事などの事情でそれほど表立った活動をされていませんでした。実際僕らも聴きたい聴きたいと言ってるだけで、一般にはテープで聴くしかなかったのです。このスタイルで世界で最も素晴らしい指笛家の一人であることに間違いはありません。指笛用に編曲されたアイネクライネはさすがにクラシックを基礎に持つ演じ方で魅了しました。楽器的な指笛を聴かせたかと思うと次に声楽的に歌い上げる指笛で、夢を追いて。解説も含めて演じられました。

     

そして楽友会も揃って指笛大合奏でふるさと。その後お孫さんから花束と歌の贈呈。Happy Birthday dear JiJi! 皆さんでの勝利の歌。感動あり笑いあり暖かさありで、あっという間に一部が終了。子供たちを見ながら、田村家の時の流れを感じました。田村氏の米寿はもちろんですが、後継者としての今回の恵さんの貫禄と活躍はめざましく、時期的なものなのか、何か重大な覚悟があったのか、客席から見てまさに「継ぐもの」としてのオーラのようなものが感じられました。

さて二部、まずは次女 石原泉さんのピアニストとしての本領を見せてくださいました。私見ですが、素人ピアニストは、うまくなればなるほど鼻についてきて正確に弾くことで客をおいてけぼりにしてしまう。特に幻想即興曲はその代表みたいなものだと思っていますがそれを見事に聴かせてましたね。プロだから当然といえばそれまでですが、うまいけど退屈なプロはごまんといます。言葉が見つからないけれど僕のような素人でもショパンの曲に感激しました。白のドレスになった恵さんの指笛が入ってサマータイムとオーバーザレインボウ。音の上がり方が田村氏のよくやる音色に似ていてまるで師にサラリとエールを贈っているような音に聞こえました。そして最後のキメは自分としての見せ場をもっていったかのような吹き方。鑑賞しながらそんな事を勝手に考えていました。

そして主役がもうひとかた。現役声楽家として存在感を存分に発揮した田村大三夫人 山本静海師。
和装で中国地方の子守唄、松島音頭、日本の憧憬を歌い上げる様はまさに秀逸。そして、ある晴れた日に。歌い始めるとそこはもうオペラ座。荘厳な舞台とオーケストラをバックにしているかのような錯覚に陥る。歌が空間を創り上げる見事さは声楽家としての人生すら感じる。主役の一人であることを大いにアピールしました。

田村氏とのご結婚が10年を迎えられ、夫人の献身ぶりを恵さんが次のエピソードを交えながら、紹介してくださいました。
田村氏が静海(しずみ)という名前は沈んじゃうからなんとかならないかなとポツリともらしたのを聞いて、静海(しずか)と読みを変えてしまったそうです。以前テレビで田村氏の歯を磨く夫人が放映されました。そんな姿も髣髴とします。ご結婚10周年も大切なテーマだったのです。そして田村氏の独奏に続き東京リサーチ合奏団との共演へと進みます。

東京リサーチ合奏団は結成当初から田村氏が顧問に名を連ね、縁のながいオーケストラだそうです。口笛吹と小犬で田村氏と共演をはじめ、恵さんは歌も含めて、踊りあかそうを演じました。この曲はある意味で恵さんの指笛の一種伝説的な録音が残っていて、この演奏を目指して日々研鑚している人も多いくらいの有名な曲で、歌も指笛も感動的です。しかもそれを生のオーケストラでやるのですからもう言うことなしの演目です。門下生との合奏 村の娘。に続き、東京リサーチ合奏団の八木節も力が入っていました。指笛に負けじと真価を出しました。

そして田村夫妻によるエーデルワイス。催しなどで時々演奏されていたようですがお二人の人柄も偲ばれます。終わって舞台袖近くまで行って、田村氏はまた念入りに礼をされた後、両手をしっかり握って強い感謝の気持ちを表しました。

結びは、クワイ河マーチ、期せずしておこった手拍子に今日集まった人々の様々な思いと、祝福と感謝を感じました。世に発表会、記念リサイタル、コンサート数あれど、これほど豪華で、アットホームで、暖かくて、しかも感動や感激の連続となった舞台はそうないでしょう。

 

おそらく主催されたみなさまは相当ご苦労されたでしょうし、また演者、縁者としてのプレッシャーも大変だったと思います。関係者の皆様ありがとうございました。

そしてあらためて、おめでとうございます。

 

 

(笹原記)