No.27

 楽友会通信 2006/8/25 指笛楽友会発行

指笛音楽72周年記念研究発表会開催迫る

2006年9月16日(土)練馬文化センター

いよいよ半月後になりました。出演予定者は最終ページに掲載の方々です。
今回は、例年ピアノ伴奏とご指導を頂いている石原泉先生とのスケジュールが合わなかったため、静香先生にご指導を頂きながら、東京音楽大学ピアノ科4年生の石塚幸子さんに伴奏をお願いしています。遠方からの出演及び当日伴奏者同伴などの理由で練習に参加しない方もいますが、毎回10数名が参加し大変賑やかです。9月9日(土)が5回目(最終回)の練習日でいよいよ総仕上げですが、皆さんの出来ばえはどうなる事でしょう。練習が不十分だと自信が持てず舞台に立つのが不安になります。もうすぐ自分の出番だというのに頭の中が真っ白になってしまっていて、舞台裏で待つ間自分の発表曲のメロディーが出てこず大変あせったことがあります。この時の発表会は少しも楽しめないで終わった思い出がありましす。残り少ない日数となりましたが練習に励めと自分に言い聞かせています。(齋藤)

∞…∞…∞…刀…∞…∞…刀…∞…∞…刀…∞…∞…

シリーズ『私と指笛』

世界を広げる指笛

藤好 真也 (本会会員)

1993年にテレビ番組「ライフライン」にて田村大三先生を拝見して初めて指笛音楽の魅力を知りました。テレビを見ていた時には先生の名前などをメモしていなかったのですが、後日、新聞の片隅に「指笛教室・生徒募集」の文字を見つけ、『もしかして、この間テレビに出ておられた先生では?」と思い早速電話を掛けたところ、「はい、田村でございます。」という明るい静海先生の第一声が受話器から聞こえ、「毎月25日に皆さんが集まります。」という事なので、早速翌月の25日に大泉学園の先生宅を訪問しました。当日は地下室にて田代会長に指笛の吹き方を教わり、吹く真似をしましたが、指笛の「ピ」の音も出ませんでした。

勤務先は発電所で海岸に面していましたので、休憩時間に海に向かって吹く練習をしました。半年程練習をして、やっと音が出るようになり、一年後には簡単な曲なら吹けるようになりました。毎月25日に先生宅へ通い、NHKの取材が来たり、楽友会仲間とお台場のフジテレビへ行ったり、田村先生と一緒にテレビ出演出来た事はとても嬉しかったです。3年後に父親が単身赴任をし、先生宅近くに転居したため、父親を25の会に誘い、定年後もレッスンに通い続け親子で演奏できるようになりました。

演奏活動としては、職場での定年感謝式の他、デイサービス、福祉施設、保育園等にて演奏し、子供に、「お兄ちゃん、口の中に笛隠しているんでしょー!」等と疑われた事もありました。昨年は姪の通う小学校に招かれ、全校生徒の前で親子演奏をする事が出来ました。田村先生が指笛を始められたきっかけは、学生時代に「みんな集まれ!ピー!」っと学校の先生が指笛を吹いたのを聞いた事だとお聞きしていたので、姪の小学校生徒の中からも私達の演奏を聴いて、将来指笛音楽を奏でる子供が育ったら良いなと思いました。

また、クリスマスには先生のお計らいにより、相模原キリスト教会のクリスマスコンサートにゲストとして招かれ、子供からお年寄りまで多くの方に喜んで戴く事が出来、感謝でした。教会員の方に伴奏をお願いし、リクエストにも応えることが出来て恵まれました。インターネットで全く知らない方にある日楽譜を注文したところ、「間違っていたらすみませんが、もしかして藤好さんは指笛を演奏されている藤好さんではありませんか?平塚青少年会館のクリスマス会でいつも聞いています」との返事を戴いた時は、とてもびっくりしました。私が知らなくても、私の事を知っている方が世界にいるなんて、想像もしていませんでした。特に高価な楽器を購入する必要もなくいつでもどこでも気軽にすぐ演奏することが出来、どこかに置き忘れて来る事もない便利な指笛を吹ける様になった事で、様々な体験をし、多くの人に喜ばれ、また巡り会えて、世界が広がり、ご指導頂いた田村先生ご家族、先輩方に心から感謝しております。

シリーズ『私と指笛』

  指笛を始めて良かった!

有吉 潤子(本会会員)

今から10年ほど前です。1996年12月25日のことです。

私が初めて田村大三先生の指笛をお聴きしたのは、千葉市文化センターで開催されたクリスマス指笛コンサートのときでした。主人と一緒にお聴きしました。とても人が吹いているとは思えないほどの澄み切った音色は今でもはっきりと憶えています。

翌年1月25日斎藤様のお誘いで、主人と私は大泉学園の田村先生宅での新年会に参加させていただきました。田村先生ご夫妻にお会いして、ご挨拶をしました。この時から主人はレッスンを受けるようになりました。私は仕事を持っていますので、自分自身はレッスンを受けたり練習をしたりは出来ないと思っていました。

ある時どこかの帰りに電車を降りて、指笛をフーフーフーと吹いているうちにピーと音が出ました。その時私にも出来るんだと、嬉しくなって指をそのままの状態にしてもって帰りたい気分でした。

主人が毎日練習している時に、見よう見まねで「蝶々」・「ぶんぶんぶん」などを吹いていましたら少しずつ出来るようになりました。

私たちはボランティア活動をしています。それは草笛教室やシニアクラブでの歌と草笛指笛演奏、それに社会福祉協議会のふれあいサロンでの歌や草笛指笛演奏などの定期的な活動です。

そこで私達は草笛と指笛の演奏、さらにシャンソン・童謡・民謡などを歌ったりする活動をしています。皆様に喜ばれています。その時草笛指笛は珍しがられて、特に女性でも吹けることが視聴者には驚きのようでした。

このように指笛が吹けるようになれたのも先生方をはじめ諸先輩の方々よりのご指導をいただいたお陰と感謝いたしております。

昨年は娘の結婚式の際にアトラクションとして主人と一緒に「上を向いて歩こう」などを指笛演奏して喜ばれました。私も嬉しく幸せに感じました。

指笛を始めたこと、練習をして演奏できるように努力したことは私の人生にプラスになり非常に良かった事だと思っています。最近は指笛発表会に向けて出来るだけ時間をとって練習を続けているところです。

ラインサンプル4

指笛楽友会事務局